茨城のお伊勢さん「村松大神宮」東海村に鎮座する伊勢神宮の分社と一の宮の格式を訪ねて

茨城県のパワースポットといえば、国譲り神話で活躍した武神タケミカヅチノミコトを祀る鹿島神宮を思い浮かべる方が多いかもしれません。ですが、実は茨城には伊勢の神宮から直接御分霊を賜った神社が存在します。それが東海村に鎮座する村松大神宮です。地元では古くから「茨城のお伊勢さん」と親しまれてきた由緒ある古社を、歴史と見どころ、そしてアクセス情報まで丁寧にご紹介します。

村松大神宮とはどんな神社なのか

村松大神宮とはどんな神社なのか

村松大神宮は、和銅元年(西暦708年)の創建と伝えられる神社です。鎮座から実に1300年以上を数える、常陸国でも屈指の歴史を誇るお宮です。神社明細帳には、平磯の前浦にあった巨岩が怪しい光を放ち、その光が真崎の浦に留まったため、住民が畏れて占ったところ「伊勢の神である」との答えが出て、お告げに従ってお祀りしたと記されています。興味深いことに、近隣のいくつかの神社にも同じような言い伝えが残っており、同じ時期に同じようにして生まれた神社であることがうかがえます。

村松大神宮の大きな特徴は、伊勢の神宮から直接「御分霊」を賜って奉祀しているという点

そして村松大神宮の大きな特徴は、伊勢の神宮から直接「御分霊」を賜って奉祀しているという点にあります。伊勢神宮の内宮と同じく、天照皇大神をはじめとする三柱の神様をお祀りしており、まさに東国のお伊勢様と呼ぶにふさわしいお宮なのです。本殿は神宮の古殿舎材を用いて改修されており、伊勢との深いつながりを今に伝えています。

水戸黄門も崇敬した由緒ある歴史

水戸黄門も崇敬した由緒ある歴史

村松大神宮の歴史をたどると、名だたる武将や藩主の名が登場します。平安時代の康平三年(西暦1060年)には、奥州討伐に向かう源頼義・義家父子が戦勝を祈願し、社殿の造営と神領の寄進を行いました。その後、中世の戦乱の世には社殿が戦火を被り、神領も侵されて荒廃した時期もありました。

大きな転機となったのが江戸時代です。元禄七年(西暦1694年)、水戸藩の二代藩主であり水戸黄門として親しまれる徳川光圀公が、新たに神殿を造営しました。そして改めて伊勢皇大神宮より御分霊を奉遷し、「天照皇大神宮」と奉称、神宝や神器を納めて自ら参拝されたのです。以来、毎年正月十五日の春季大祭には水戸藩主が参拝することが慣例となりました。

九代藩主の徳川斉昭公も深く崇敬し、安政四年(西暦1857年)には国事多難の折にもかかわらず神殿の造営を起工しています。幕末には勤皇の志士たちが数多く参拝し、桜田門外の変で活躍した志士も当宮に参拝して成就を祈願したと伝えられています。歴史の大きなうねりの中で、多くの人々の信仰を集めてきた神社なのです。

お祀りされている神様と御神徳

村松大神宮は伊勢神宮の内宮と同じ三柱の神様をお祀りしています。それぞれの神様がどのような御神徳を持つのか、順にご紹介しましょう。

天照皇大神(天照大御神、アマテラスオオミカミ)

皇室の祖先神とされる、最も尊い神様です。太陽の象徴とも言われ、伊邪奈岐神が禊をされた際に左の目を洗った時にお生まれになったと古事記に記されています。八百万の神の中でも最高神とされる天照皇大神の御神徳は多岐にわたります。民意尊重の徳、寛容の徳、明浄正直の徳とされ、家内安全や交通安全、海上安全、病気平癒、子宝、安産、商売繁昌、試験合格、就職成就、良縁成就、方位除など、実に幅広いご利益で知られています。

参考:天照大御神とはどんな神様なのか?引きこもりになった神話も

天手力男命(アメノタヂカラオノミコト)

天照皇大神が天の岩戸にお隠れになった際、岩戸を開いて大神の手を取りお出しした神様です。天照皇大神の復活に功のあった神様として知られ、天孫降臨の際には邇邇芸命(ニニギノミコト)のお供をした神様としても有名です。御神徳は力の徳とされ、単なる力だけでなく衰えた力を復活させる御神徳もあることから、スポーツの神としても崇められています。

参考:天手力男神とは?天照大御神を岩戸から引き出した神

萬幡豊秋津姫命(ヨロズハタトヨアキツヒメノミコト)

萬幡豊秋津姫命(ヨロズハタトヨアキツヒメノミコト)は、高天原をおつくりになった高御産巣日神の子であり、天照皇大神の孫にあたる邇邇芸命をお生みになった母神です。天照皇大神をお助けし、神々が汚れた心を抱くことのないよう諭す神様とされています。御神徳は鎮魂の徳とされ、家内安全、開運、商売繁昌、清め祓いなどのご利益があります。

参考:萬幡豊秋津師比売命(ヨロズハタトヨアキツヒメ)とは?天孫を生んだ機織りの女神

境内の見どころと参拝しやすい工夫

村松大神宮は茨城県の一の宮として、県内でも最も格式が高いとされる神社です。松の生い茂る真砂山を背にした境内は、参道の竹、境内の梅とともに見事に調和し、荘厳な神域の趣を今に保っています。手水舎ではセンサーに反応して水が自動で出てくるなど、参拝者への細やかな配慮も見られます。

近年では、段差のないバリアフリーの参道が整備され、専用のスロープや石畳の通路によって車椅子でも移動できるようになりました。ご高齢の方やお身体の不自由な方も安心してお参りいただける環境が整っています。また拝殿前には「なで犬」と呼ばれる石造りの犬が置かれており、安産や子育て、子宝のご神徳を持つとされ、参拝者の心を和ませる名物となっています。

なお、村松大神宮では神前結婚式や、地鎮祭・井戸祓い・神葬祭といった出張祭典も受け付けています。どなたでもお願いできるものと思いますが、神社との相性やご縁もありますので、普段からお世話になっている神社があればそちらへ相談することも一つの選択肢でしょう。

お神興由緒案内

村松大神宮とはどんな神社なのか

知られざる存在となった背景

これほど格式の高い神社でありながら、村松大神宮は全国的にはあまり目立った存在ではなく、ひっそりと鎮座しているという印象を持たれることもあります。その背景の一つには、東海村が国内で初めて原子力の火を灯した地であり、後に臨界事故が起きた地としても知られるようになったことがあるのかもしれません。

実は昭和三十一年より、村松大神宮の神池「阿漕浦」の水が日本原子力研究所へ分水された歴史があります。世論を二分する大論争となりましたが、「地域の発展と日本の未来のために」という先代宮司の英断によるものでした。神社の歴史が、地域の近現代史とも深く結びついているのです。静かな佇まいの奥に、これだけの物語を秘めた神社であることを知って参拝すると、その趣もまた違って感じられるはずです。

所在地とアクセス情報

境内の見どころと参拝しやすい工夫

村松大神宮は、隣接する村松山虚空蔵尊とあわせて参拝する方が多いスポットです。基本的な所在地とアクセスの情報を表にまとめました。

項目 内容
所在地 〒319-1112 茨城県那珂郡東海村村松一番地
電話番号 029-283-1414(代)
最寄り駅 JR常磐線 東海駅
バス 茨城交通「茨城東病院行」バス 虚空蔵尊入口下車、バス停より徒歩5分
駐車場 約40台完備 無料 大神宮まで徒歩1分

公共交通機関でお越しの場合

JR常磐線の東海駅が最寄り駅となります。駅から茨城交通の「茨城東病院行」バスに乗り、虚空蔵尊入口で下車すると、そこから徒歩5分ほどで到着します。電車とバスを乗り継いでのんびりと訪れる旅も、古社の雰囲気を味わうにはよく似合います。

お車でお越しの場合

東京方面からお越しの場合は、常磐道の友部JCTより北関東自動車道のひたちなか方面へ進み、ひたちなかICから国道245号線を日立方面へ約20分です。福島方面からは常磐道の日立南ICを下り、国道6号線を水戸方面へ向かい、二軒茶屋交差点を左折して国道245号線へ入ります。その後、原研前交差点を右折して大洗方面へ向かうと約5分で到着します。

駐車場は少し分かりにくいので要注意

駐車場は少し分かりにくいので要注意

村松大神宮の駐車場は、初めて訪れる方にはやや分かりにくいので、あらかじめ知っておくと安心です。大鳥居のすぐ隣に道が続いているのですが、この道が村松山への参詣道となっており、鳥居の前には通行止めや進入禁止を思わせる標識が立っています。そのため一方通行なのではないか、入ってよいのだろうかと戸惑ってしまう方が少なくありません。

しかし、よく見ると鳥居の貫の部分に「駐車場は直進」といった案内が示されています。車に乗ったまま鳥居の脇を通り過ぎ、その先へ進んで大丈夫です。二の鳥居の右側に、参拝者専用の無料駐車場が用意されています。約40台が停められる広い駐車場で、大神宮までは徒歩1分ほどです。なお、この駐車場はあくまで大神宮への参拝者専用となっており、隣接する村松山虚空蔵尊のみを目的とする方は利用できませんので、その点はご留意ください。

まとめ

まとめ

村松大神宮は、和銅元年の創建から1300年以上の歴史を持ち、伊勢神宮の御分霊を直接賜った由緒ある「茨城のお伊勢さん」です。水戸黄門こと徳川光圀公をはじめ、数々の歴史上の人物に崇敬されてきた格式の高いお宮でありながら、今は静かに鎮座しています。天照皇大神の幅広い御神徳を求めて、そして隣接する村松山虚空蔵尊とあわせて、じっくりと歴史を感じる参拝旅に出かけてみてはいかがでしょうか。