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アンネ・フランクの家へのアクセス

オランダのアムステルダム市街のヨルダーン地区にあるアンネ・フランクの家は、トラム13、14、17、20番のウェステルマルクト駅で降り 徒歩2分ほどです。

塔が85mとアムステルダム一の高さを誇る西教会のすぐ隣に位置します。

アンネ・フランクの家の歴史

アンネ・フランクの家の建物が建てられたのは1635年。ドイツはフランクフルトの裕福なドイツ系ユダヤ人一家に生まれたアンネ・フランクは、ナチスによるユダヤ人迫害を恐れ、家族とともにオランダに移住します。中立を宣言していたオランダにドイツ軍が侵攻してきたのが1940年の事。1944年にゲシュタポ(ナチスの秘密国家警察)に発見され、アウシュビッツの強制収容所に送られるまでの2年間を、この隠れ家で暮らしたそうです。この隠れ家がアンネ・フランクの家です。

アンネ・フランクの家の外装の1、2階部分は改装され当時の面影は無いようですが、アンネ・フランクの一家が住んでいたこの隠れ家と呼ばれるアンネ・フランクの家の、入口をカモフラージュするために、踊り場に置かれた動く本棚やアンネが日記を書きた綴った屋根裏部屋、アンネたちが生活した部屋、壁に貼られた写真、洗面所等々の他に、アンネ・フランクの家の住人達が共同で使用した食堂など、当時の生活が窺える物がそのまま保存されているそうです。

アンネ・フランクの家では収容所でのアンネの生活を語るビデオや、アンネのオリジナルの日記等も展示されています。アンネ・フランクはハリウッドの有名なスターの写真を切り抜いてはコレクションするような、大の映画好きの女の子だったそうで、ユダヤ人の映画館入館が拒否されていた当時、一家は自前で映写機・スクリーン・フィルムを用意して隠れ家であるアンネ・フランクの家で上映会を行うようになったそうです。父母であるオットー夫妻の部屋の壁には、隠れ家での子どもたちの背の高さが記されているそうです。隠れて暮らすという苦境の中でも日々成長する子供達に対する夫婦の親心が垣間見えます。

西教会前の広場の一角のプリンセン運河沿いにあるアンネ・フランクの像です。アンネ・フランクの家で暮らした頃は、様々な制限を強いられ自由に外を飛び回る事が出来なかったアンネ・フランクに代わり、この像はアムステルダムの街を心行くまで満喫しているかのようです。1950年代後半にアンネ・フランクの家の建物が取り壊されそうになった時、取り壊しに反対する市民運動が巻き起こります。建物を所有していた不動産会は市民の声に負け、「アンネ・フランクに捧げる」として隠れ家の建物をアムステルダム市に寄付しました。アンネ・フランクの家は現在アンネ・フランク財団が所有し、ユダヤ人のみならず、すべての人種差別に反対する運動をしています。

「自分でも不思議なのは私がいまだに理想のすべてを捨て去ってはいないという事実です。だって、どれもあまりに現実離れしすぎていて到底実現しそうもない理想ですから。にもかかわらず私はそれを待ち続けています。なぜなら今でも信じているからです。たとえ嫌なことばかりだとしても人間の本性はやっぱり善なのだと」15歳でこの世を去ってしまったアンネ・フランクが、アンネ・フランクの家で綴った日記の中にある言葉です。胸が熱くなる思いと共に、アンネ・フランクの家を取り巻いた戦争の悲惨さを実感します。

 

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